アドニスたちの庭にて

    “浅冬の素描”

 


 今年は暖冬になるでしょうなんて、長期予報では言っていたのに。12月に入った途端、いきなり本格的な寒さがやって来て。都心の繁華街でも昼間っから雪がちらついたほどの冷え込む日もあり、木枯らしは本格的な冷たさで吹きつけては、人々の身を竦ませる。風邪やインフルエンザには注意しましょう、外から室内へ入る前には、手洗いとうがいを忘れずになんていう、注意喚起の校内放送が中等部の学舎から微かに聞こえて来たのへ、
「あれって、幼稚舎や初等科だけに流していた放送だったのにね。」
「このところのインフルエンザは質
たちが悪いらしいから、そうも言ってらんねぇのだろさ。」
 それよか、寒いから早く窓を閉めろと言いたげに、濃紺の詰襟制服に包まれた肩をすくめ、ちょっぴり目許を眇めた甲斐谷・副会長さんであり。アドバイザーの小早川くん、クススと笑うと、空気交換にと開けてた窓を小さな手にて“からから…”と閉めて差し上げた。そんな窓辺に迫るポプラの梢も、いつの間にやらすっかりと葉を落としており。それは寒々とした風情を高めている此処は、毎度お馴染み、緑陰館のお二階の執務室。白騎士学園高等部が、様々なクラブ活動の活躍と共に内外へと誇る、卓越した自治の歴史を紡いで来た生徒会の、その中枢にあたる役員と執行部の主幹クラスの人々という“首脳陣”たちが、行事毎の運営や何やの打ち合わせにと代々使って来た特別な生徒会室で。元は美術か音楽か、芸術関係の特別教室だったらしき二階建ての小さな洋館。今現在は、先の秋口に2年振りに催された選挙にて選出された、新規の二年生役員の方々が、お昼休みや放課後に集まっては、生徒たちの関わる行事についての運営プランを整えたり、部活やその他、学校生活上での不都合や風紀上での問題等への、報告や嘆願の整理などなど。少なくはない各種の事案の決済をてきぱきと片付けていらっしゃる。何しろすぐ前に担当していらしたのが、この学園始まって以来という二年間もの長期在任を誇られた“最強生徒会”のお兄様がただったので。最初のうちは勝手が判らず、お手数をおかけしますと頼りにするたび、ちょっぴり身が萎縮しそうにもなったりしたらしいのだけれど、

  『そんなの、どんなお務めにもあることだよ?』

 僕らだって最初の頃は、先輩方に付きっきりって勢いでフォローしていただいてたんだし…なんて。桜庭 前会長がそれは暖かく笑って励まして下さったお陰もあって、やっとのことリラックス出来、まずはの学内マラソン大会“霜月祭”をきっちり仕切って、何とかそろそろ。お仕事にもお立場にも皆して馴染んでも来た様子だそうで。………それでもたまには、

  「終業式とクリスマス・ミサは、準備から何から職員の方々に任せればいいとして。
   三年生の卒業関連の手配は、まだかかんなくてもいいのかな?」

 この行事の段取りは、どのくらいの詰め方・日程で手をつければいいのかしら。昨年までの資料があるにはあるけれど、何せ優秀でいらした方々が片付けた手順のマニュアルなだけに、自分たちにもこなせるなんて思い上がってて、結果として間に合わなかったら大変だしと。そんな不安が立ち上がるごと、この頃ではセナくんがこの緑陰館へ呼び立てられている。どんな些細な相談へでも、面倒がることなく応じて下さるお兄様がただが、何といってもそろそろ受験でお忙しい時期。此処の三年生はほとんどの方々が学内進学なさるので、さして難しく迷われることもないまま白騎士の大学部へ進まれるケースばかりだとは言うものの。だからって入学試験がない訳ではなく、推薦扱いの学内進学ともなると、その時期も少々早め。いつまでもお手を煩わさせるのもご迷惑かということで、12月に入ってからは、前生徒会のマスコットであったことから様々な勝手に通じてもいるセナが、相談役として呼ばれるようになったという訳で。
「うん。アルバム作成とか卒業式そのものは、去年立ちあげたシステムをまんま応用してくれたらいいって事だったし。アルバムの業者さんはもう、夏休み前に入札で決まってるから問題はないでしょ?」
「うん。それは、高見さんからも申し送りされてるよ。」
「だったらそのまま。式の方への段取りは、新学期に入ってから手をつけた方がいい。」
 資材や機材のレンタルなんかで、外部の業者さんとの連絡も少なくはなく。そういうものは年末とか年始のどさくさにはやらない方が良いからねと、きっちり道理を踏まえての助言をしたセナだったけれど。
“卒業式への段取り、か。”
 本来だったらそれもまた、職員さんたちが取り仕切るものの筈なんだのにね。アルバムには写真部やクラスの旅行委員などが撮った、ずっと生徒寄りの写真も使いたいですし、送辞や答辞もまた、当事者の生の気持ちを込めたいからと、生徒参加の色彩の濃いものとなったのが昨年からであり。そりゃあ様々な段取りが同時進行で運ばれ、飛び交う連絡事項の整理や管理だけでも、本分である学業にも支障が出かねないほど大変な采配。便利な“パック”を提供するプランニング業者までがいて当然の今時に、何でわざわざ“生徒”に過ぎない自分たちで手掛けた彼らだったのかと言えば。いかにもな言い分の陰で、実は実は。昨年の今頃から三学期かけてのずっと、主に生徒会首脳部の4人がフル稼働しての“大改革”が行われ、それまで当たり前のこととして限られた業者のみによる談合もどきが幅を利かせていた因習を、きれいさっぱり粛正し、ナイナイしたからに他ならない。

  『よくある話でもあろうけど、何だかそういうのってイヤじゃない?』

 桜庭さんのそんな一言から、大車輪で立ち働いた皆様であり。安泰な立場に大あぐらをかいていた、古いばかりで何の工夫もしないよな怠慢業者の寝ぼけを覚まさせ、様々な手配の外注部分を全て、陽の下へと引っ張り出しての“公開入札”への転向へと持ち込んでしまわれた。昨年度の卒業式は、さすがに急なことだったから、間に合わなかった部分は生徒会首脳部の方々が手づから処理にも奔走されて、ギリギリまでバタバタと慌ただしかったのだけれど、これからの生徒会が倣うこととなる“マニュアル”は、そりゃあ綺麗な新品同様の代物であり、昨年行われたような厳しい粛正という…ちょっぴり力技だったりもした部分は必要なくなる分だけ、手配も発注ももっとずんと楽なものにもなることだろう。それに、
“そんなことがあったなんて背景は、生徒レベルでは知らなくてもいいことだしね。”
 そういう因習があったことも、それを打破なさった奮闘も何も、跡形も残してはいらっしゃらない見事な働きの全部が…内緒。自分もその“秘密”を共有している身だってことが、何だかちょっぴり擽ったいセナであり。
「…何だよ。」
 隠しごとの苦手な級友が、時々堪え切れずにいる…何とも微妙な笑い方へと、陸くんの鋭い目許が吊り上がるのもこの頃では毎度のことで、
「な〜んか隠してないか? お前。」
「なっ、何言い出すんだよう。」
「だってサ。お前、俺らへ微笑ましいもんでも見るよな顔するじゃんか、時々。」
 ちびセナのくせに何か生意気。そんな顔してないよう。いいや、してる。いかにも疑り深そうなお顔になって、じぃ〜っと睨む真似っこをする陸くんへ、たちまち“あやや困ったなぁ”と後ずさり丸出しの顔をして返すセナだから、

  “だからバレちまうんだっての。”

 聞くこともなく聞こえていらしたもう一人が、声を立てぬままの苦笑をついつい洩らした。

  ――― 実を言えば。

 学園史上最強と謳われし、前の生徒会には…結構“秘密”とか“暗部”とかもあったりしてという事実。甲斐谷くんにだけは話してあったりするし、何と“隠密”までいたのだよんと、その諜報員さんが直々に説明してもいて、
『だから。俺らが卒業した後に、どうしても困った事態が起きたなら、遠慮なくあの“サクラ馬鹿”へ連絡取って良いからな。』
 先輩たちは難無く解決したことなのに自分たちには出来ないなんて…と、引け目に感じることは一切ない。俺らはただ単に“要領”が良かっただけだ。同じ方式を踏襲しろとも言わないし、もう一代前の奴らのやり方を参考にするも良いだろさ。但し、逆に…何を勘違いしてか、目に余るような組織だの手法だのを立ち上げる“お門違い”をやらかしたなら。それこそ“姑根性”遺憾なく発揮して、堂々と乗り込んで来て片っ端から妨害してやるし、妙な企みがありゃあ ぶっ潰してやるから覚悟しとけ…と。一番機転が利きそうで、しかも一番に“誇り”というものにも敏感だろう副会長さんへと話したところが、さすがはお姑様、持って行きようが巧みです。
“本来だったら高見がやるべきことだろうによ。”
 実は一番の知恵者のクセしてね。万が一にもそういう事態が起こったならば、切り札というものが必要でしょうからねと。彼らの中では最も地味で堅実で、故に凡庸で無害な男だという振りを通しておいての“トラップ”に、自らなるつもりの高見さんなのであるらしく。
“まあ確かに…そう見せときながら、一番複雑な機転を扱えねばならんのだから。”
 彼以外には こなせる者もいないがと、しょっぱそうに苦笑した 元・諜報員さんがいるのは、実は…セナと陸くんのいるちょうど真上の、屋根裏のロフト部分だったりし。大きな天窓があって暖かな部屋なので、授業も“お仕事”もない時は、結構 此処でサボってた彼だそうで。

  “早く片付けて帰ってくれねぇかな。”

 別にね。彼らに見つからない出入り口もあるんだけれど。あまり使われてないところだから埃も多い。漆黒のコートを真っ白に汚すのも剣呑だしなと、階下の可愛らしいやり取りを聞きながら、やっぱり苦笑が止まらない、蛭魔さんだったりするのである。







            ◇



 世間様ではいよいよ日が迫って来たせいか、物騒な事件のニュースも絶えない日々ながら…それでもクリスマスの華やいだ話題で持ちきりという感があり。今年のクリスマスは連休だからプレイスポットに繰り出すのも良いんじゃない?と、テーマパークでもクリスマスイベントがあれこれ紹介されてたり、本命のカレ氏とどう過ごすのか、カノ女に何をプレゼントすれば喜ばれるか、などなどと。眺めて見れば何のことはない、例年とあんまり代わり映えのしない話題が取り沙汰されており。各デパートの新春初売福袋の中身…の方が、むしろ面白そうだったりもするほどで。
(こらこら)
「セナは? クリスマスは何か予定でもあるの?」
 帰って早々にお母さんからそうと訊かれたのも、居間のテレビで“今年のX'masプレゼントのトレンドは…”なんてな特集をワイドショーが組んでいたから。半月先のお話で、まだそんな、何かしようかなんて話題はお友達の間でも持ち上がってはいなかったので、
「別にないかなぁ。」
 それでなくとも、冬休みは皆、早いうちからご家族で旅行に行っちゃうし。お部屋の暖かさにほっとしながら、コートを脱ぎつつ、さらりと答えたセナくんへ、
「そう? でも、去年はどなただったかしら、お誘いがあったでしょう?」
 お相手のお名前を思い出せないお母様、誰だったかしらとこちらを向いたのへ
「あ…と、そそ、そうだったかな?//////////
 セナくん、少々どぎまぎし、
「そうそう、それに。年末には、桜庭さんや進さん、上級生の方々もいらして下さって。」
「そう、だったね。」
 そいや、年の瀬も押し迫った頃合いには、携帯も持たないで家出しちゃったっていう、元・生徒会長さんを、ネコのタマちゃんと一緒に保護もしましたねぇ、去年は。
(笑) 話題が逸れたのをいいことに、曖昧なまま そそくさと自分の部屋のある二階へ退散しかかったところへ、
「あ、そうそう。これ。」
「え? あ、うん。」
 届いていたわよと差し出されたのが、互い違いに赤と青の縁取りのあるエアメイル。元気のいい筆記体の綴りに視線を走らせ、
「ケ・ン・ゴ、ミ・ズ………あっ。水町くんからだっ!」
 途端に何やら気掛かりがありげだった様子を吹っ飛ばし、お元気な笑顔になった辺りは、セナくんもなかなか現金だったりして。
「前に話してたお友達でしょう?」
 セナのお母様の玉子焼きをいたく気に入っていた、年下なのに見上げんばかりという上背をしていた、甘えん坊で屈託のない男の子。そうだよと笑顔でお返事をし、
「そっか。向こうでは年賀状みたいにクリスマスカードを送り合うんだよね。」
 メールのやりとりは続いていたが、こういうお便りが届いたのは初めてのこと。自分の気分のカラーが変わったことで、そのままお二階の自室へすたすたと自然な足取りにて退場出来はしたものの。抱えて来たコートとカバンを机と椅子とにおざなりに置いて、封筒もそのまま…机に残し、ベッドへと腰を下ろしてパタリと寝そべるセナであり、

  『去年はどなただったかしら、お誘いがあったでしょう?』

 お母さんからそうと問われて、微妙に言葉を濁してしまったセナだったのは。お母さんには言えないような後ろめたい何やらがあったから…とかいうのではなく。自分でもそれを思い出し、その途端に…何となく、切ないような気分に襲われそうになったから。

  “………進さん。”

 今日で期末考査が終わったので、学校は終業式 兼クリスマス・ミサがあるイブまでの試験休みに入る。昨年の冬休みは、クリスマスにも進さんのお家へお招きされたりし、そりゃあ楽しく過ごせたのだけれど、
“この冬はそれどころじゃあないと思うし。”
 何たって“受験生”の進さんだし、茶道の宗家というお家だけに、年末年始はお忙しいだろうし。それでなくとも進さんとは、12月に入ってからのずっと、お顔を合わせる機会がないままに、メールのやりとりのみとなっており。三学期になったら三年生はいよいよ学校には来なくなるのにねって、それを思うと、ついつい気が重くなりかけた。卒業なさると言っても、あのね? すぐお隣りの大学部へと移られるだけのこと。逢うのが叶わぬほどにも遠くへ行ってしまう訳じゃあないのだと、その事実には何とか気持ちも馴染めつつあるが、ここ何日か…たった何日かお姿が見られないだけで、こんなにも寂しいって思う弱虫な自分がいる。
“………。”
 やさしい進さん。セナが望めばお願いしたなら、余程に事情がない限り…ご自分の不自由だけが障害ならば、そんなものはないも同然と、何をおいても逢いに来て下さるに違いなく。周囲の皆さんも、
『一頃に比べれば見違えるほどにも、いろいろと融通が利くようになった』
と仰せなほど。前よりずっと懐ろ深く、視野も広がられた進さんだと思うにつけ、あまり自分の我儘で引っ張り回してはいけないと、強く意識もするセナだったりし。何より、
“お兄様と弟の関係も、高等部限りのお話なんだものな。”
 まだ着たままの制服の、襟元に手をやれば…ピンタイプの校章と学年章の冷たい感触。これを手づから付けて下さったのが去年の春で、それがどれほど嬉しかったかまで、今でもくっきりと覚えてるセナだけれど。見ているだけの遠い人でなくなった分、引き離される辛さも倍加したみたいで。こんな弊害があろうとは、さすがにあの時は思いもよらなかったなぁと…切なくなる。こんな後ろ向きの考え方はいけないと、ずっと頑張って来てたのになぁ。冬休みに入ったら、またリセットされちゃって、またまた うじうじ言うよな子に戻っちゃうのかなぁ。そんなしたら、今度こそお兄様から嫌われるかも。そんなのは、守ってあげたいって思っていただけた、どこかに向上心があった拙さ・弱さじゃないものね。そんな理屈は解っているのに、気持ちは裏腹。あんまり浮き上がって来てくれなくて。何度目かの溜息を“はぁあ”とついたその拍子。

  「………あ。」

 携帯へのメールの着信音がして。身を起こすとコートへと手を伸ばす。覚えがあった軽やかなクラシックに、お名前を見ずとも相手は判ったが、

  「……………はい?」

 開いたメールの文面には、ついつい目が点になったセナくんだったり。だって…ねぇ?








            ◇



 木枯らしが時折強めの突風となって吹きつける。Q街のJRの中央口は、周囲のプラザビルと連絡している高架の上へとその改札が開いていて。この寒いのにもかかわらず、それが今年の流行なのか…それでも去年よりは裾があるスカートからお膝を出したブーツの女子の人たちが、肩をすぼめてプラザへと、逃げ込むように足早に進んでく。そんな雑踏の中、頭ひとつ飛び出していた彼だったから、向こうからもすぐに気がついたらしく。こちらを向いたコート姿の弟くん。久方ぶりに目にした愛らしいお顔へ、ホッとしかかったものの、
「………。」
 ガラス張りのショッピングモールビルの入り口近く。中に入って待っていればいいものを、寒かっただろうにと。ちょっぴりワイルドなデザインのハーフコートを、けどでもやはり、ボタンを全部留めてぴっちりとお召しのお兄様。かすかに眉を寄せた表情でおいでで。そんな進さんへ、小さなセナくん、自分の方から ぱたたと駆け寄り、
「こんにちはです。」
 お行儀よくも頭を下げて、まずはのご挨拶をする様子が…やはり愛おしい。もしかせずとも、お忙しい進さんなのではと思ったのですが、それでも取り急ぎお会いしたかったから…という、とっても丁寧なメールをくれた小さな弟くん。自分の側からのお呼び立てだからと思ってか、先に来ていた小さな姿を視野に入れ、なんとなく胸の奥がほわりと暖かくなったらしきお兄様であり。
“…そういえば。”
 12月に入ってから、あまり顔を見る機会がなかったような気がする。お互いに期末考査が始まったし、それと同時に白騎士学園の大学部へと学内進学する者には、面談やら手続きやらも多々あって。一方で、セナの方は方で、新しい生徒会の面々にオブザーバーとして頼りにされてもいるらしく、そんなこんなですれ違いの日々になっていたままに試験休に入ってしまったものだから。彼からのメールがなかったならば、終業式まで逢えないままだったかもと、今更ながらに気がついた、やっぱりどこかで歯痒いほどに“手回し”が足りない節のある、何とも不器用なお兄様。そんな一連の感慨をその分厚いお胸の裡
うちにてぐるりと思われた進さんだったことが、残念ながら伝わりようもないままに、

  「進さん、あのあの、車の免許を取る学校に通ってらしたってホントですか?」

 セナくんがどこか取り急ぎという調子にて、こんな路上で、しかも早口で訊いてきたものだから。

  「何で知っている?」

 とりあえず。一番に“???”と思ったことを訊き返す。隠していたつもりはなかったが、話した覚えもなかったからで。だってあのその、勢い込んでたセナくん、でもなんか。あ、これってもしかして…プライベートなことなのかもと、今頃になって気がついてたり。そんなせいかで、語調が弱まったセナくんを、励ますようにと視線を和らげた進さんへ、
「あのあの…桜庭さんのお家の経営なさってる教習所に通ってらっしゃるってお話で。」
 あのね? セナくん、逢う機会が極端に減って寂しがってるだろうと思ってねと、桜庭さんがメールでこっそり教えて下さったのが、この…ああまで意気消沈していた物思いが吹っ飛ぶほど、セナくんが仰天しちゃった大ニュース。

  【セナくんは知っているのかな? あいつがどんなにメカに弱いかってこと。】

 主にはPCとかFAXとかいった精密電化製品に限られていて、ユニット家具の組み立てとか、筋トレマシーンの操作方法何かは飲み込みも人並みなくせに、携帯電話の使い方を覚えるのに半年かかったくらいだからね。
『しかもそれって、セナくんとメール交換したいからっていう目的があってのことだったから。』
 現金なくらいに例外的に早かったから、あんまり参考には出来ないんだよねと苦笑なさってた桜庭さんだったのを思い出しつつ先を読めば、
【自動車の運転は…なんてのか、微妙に器械操作に当たる部分も多いから。いきなり理解不能に陥って、力に任せて壊すって恐れはないと思うんだけれど。】
 それでも、マニュアル車のブレーキペダルを踏み込み過ぎて“延ばした”って報告が早速来てたそうだしね。今からそれじゃあ、先が思いやられるって言うか。ちょっぴり言葉を濁しておいでだったのは、悲惨な例を挙げてセナを怖がらせたくはなかった桜庭さんだったのだろう。でも、わざわざ具体的に言われずとも、そこまで水を向けられれば、その先の懸念とやらにもあっさりと辿り着けるというもので。逢えなくなるのが寂しいなどと、センチメンタルな感傷に耽ってる場合じゃなかったらしいと、取るものもとりあえず、まずはお兄様本人へと連絡を取りつけ、勇んで出て来た小さな弟くん。セナの言うことなら聞くと思うからという、言わば桜庭さんから託された使命へと、背条も伸ばして気持ちを切り替え、そしてそして…久々に面と向かった愛しいお兄様へ、ますますのこと恋しいと思えばこその苦言を呈することとする。
「あのあの。進さんが免許を取るのに頑張っておいでなのは、とっても素敵なことですが。」
 ………そこから入りますか、セナくんたらば。いきなり強気なことは言えないのも無理はなく、そして。お兄様の側は側で、何でそんな話をこの子が知っているのかなと、やっぱり怪訝に思ったままでおいでならしく。だから桜庭さんがチクった…もとえ、暴露したんだってこと、なんで通じないのでましょか。
(苦笑) 一般の方には非常に判りにくいかもしれないけれど、表情が止まってしまったお兄様へ、セナくん頑張って“えいっ”と続けて紡いだのが、

  「でもあの…進さんがハンドルを握って運転するようになってしまわれると。」
  「???」
  「運転中はお話とか出来なくなってしまいますね。」
  「………。」

 普通の感覚で言うならば、慣れてくればそんなこともないのだろうが。彼ほどにも生真面目な人だとそれも十分にあり得ること。一度に1つことしか出来ない不器用さんだから、ハンドル操作中は話しかけないでくれと運ぶに違いなく。

  「それって、何か寂しいです。」

 小さな肩をすぼめたセナへ、今頃になって“あ・そうか”と気がついたらしいのがありありな、何やらへ意表を衝かれましたという瞬きの反応を見せたお兄様。元はと言えば、

  『免許があれば、セナくんチまで乗りつけてのお出掛けが出来るわよ?』

 寒い中とか暑い中とか、どこかで待ち合わせて逢うなんて可哀想なこと、しなくて済むでしょう? 姉君から唆されての挑戦だったが、そうかそういう難点もあったのかと。今頃に気がついたらしきお兄様であり。そういえばこの12月に入ってから全く逢う機会が作れなかった要因の中、教習所に通っていたからというのだって、立派な事情の一つではなかろうかと。相変わらずにというかやっぱりというか、いちどきに1つことしかこなせない、不器用なお兄様。遠くを見ていて足元を見ていなかったようだと、やっとのことで我に返られた模様です。そうしてそして、
「えと…。」
 差し出がましくてすみませ〜んと、小さな肩をますますと縮めた小さな弟くんへ、そぉっと大きな手を伸ばしてやって、

  ――― ぽふぽふぽふっ・と。

 セナくんの柔らかな髪へと、いつもの優しい“なでなで”をして下さって。

  「そうだな。それはちょっとつまらないな。」
  「あ…。/////////

 それよりも、久し振りに逢えたのだから、まずは何処かで落ち着かないかと。ご自分だけならこのくらい、まだまだ寒いとも思わないところの、軽いレベルの寒気の中で、ふわふわの頬っぺやお耳を真っ赤にしている弟くんが何とも可哀想で。そんなことを自分からお申し出になった心遣いに、
“あやあや…。////////
 生まれて初めて、貴公子様からナンパされちゃった女子の人みたいに。もっともっと真っ赤になっちゃった、小さなセナくんだったようですよ?





  ――― そういえば。終業式前にも日が空いてはいないのか?
       えと?

 進さんが唯一知ってた、洋風甘味処の『アンダンテ』。
(…う〜ん) クロークへコートを預けてから落ち着いた、それは明るい窓辺の席には、柔らかな西陽がふんだんに降りそそぎ。山盛りにホイップクリームが浮かんでたココアでもって、やっとのこと ほうっと温もっていた弟くんの、つややかな髪の色を、大きく潤んだ琥珀の瞳をハッとするほどに透き通らせてる。小さなカナリアのように愛らしくも、小首を傾げたセナくんへ、ついつい見とれたお兄様。んんっと咳払いを一つしてから、

  ――― 誕生日だったろう。十七の。
       あ、はい…。//////////////

 いかにも男臭くて精悍なお顔を、ほんの少しだけ和ませて。何処かでお祝いをせねばなと、そんな風に告げられて。途端に真っ赤にお顔が熟れちゃったセナくんが、はてさて一体 何とお返事したかは、この二人には珍しくも、誰にも秘密ということで………vv











  xmas_icon06_c.gif おまけ xmas_icon06_c.gif



 試験休みに入ったぞというのを合図にでもしたかのように、大好きな人、半ば攫うようにリムジンでお迎えに来て、
『甲子園ボウル観に行くんでしょ?』
 だったら僕んチから行きなよ、何なら伊丹空港まで自家用機でひとっ飛び出来るし…なんて。日頃はあれでもかなり押さえてた“ブルジョワジーっぷり”をここぞとばかりの存分に繰り出した、桜花産業の御曹司様。まだ1週間近くも間があるぞと呆れつつ、それでも…苦笑混じりにお誘いに乗って差し上げた、金髪痩躯の麗しの君を、ご自宅のご自慢の離宮にてそりゃあ丁寧な歓待にておもてなしして。

  「ねぇ。なんでH大じゃないの?」

 外部の大学へと進学する彼なのは、その強き意志からのこととて、なのにあらぬ妨害を思うのは見苦しいばかりであろうよと…もう諦めたその上で。今年のみならず、近年連続して関東の覇者の座を占め続けている大学を選ばなかった蛭魔であることの意図とやら、素朴に訊ねた桜庭へ、
「チームカラーがな、俺のタイプじゃねぇんだよ。」
 R大は駒が足りねぇだけだ、見てな、俺が入りゃあ断然変わるさ、なんて。ふふんと強かに笑って見せて下さってから、

  「…別に、白騎士に近いからってんじゃねぇからな?」
  「………ん。判ってますよvv

 でもね、あのね? 近いから逢いに行きやすいガッコを進学先に選んでくれたのは、正直に嬉しいです、と。大きいなりして甘えるように。おでこをこっちの額へと“こつんこvv”とくっつけてくる可愛げが、擽ったくて…ちょっぴり嬉しくて。


  ――― それよか、セナくんにちゃんと伝わったかな、あの伝言。
       さぁな。
       だって、何としてでも辞めさせなきゃサ。
       まあな。


 練習車なら何台お釈迦にしてくれても構わないけどと、それだって結構物騒でしょうに“まだマシだ”と言わんばかりに眉を寄せてる、亜麻色髪のお兄さんへ。あっと言う間に人身事故とか起こしてたら洒落にならんし…なんて、もっと過激なことを言い返す金髪の君であったりし、


  ――― ヨーイチ、例えが過激すぎ。
       つか、何だったらチビさんの誕生日に奇襲かけるか?
       あ、そういやもうすぐだよねvv でも、野暮じゃないかな?
       何言ってやがる、去年だってあんなパーティー発案した張本人がよ。


 お互いしかいないのに、不思議と低められた声が。柔らかな含み笑いの中へと取り込まれ、そのまま微かな蜜声へと塗り変わる。窓の外では宵のベールが、凍るような寒夜へ向けて、徐々にその裳裾を厚く重ねているけれど。お互いで温かな恋人たちには届かぬままに、静かに静かに更けゆくばかりの冬月夜………。




  〜Fine〜  05.12.11.〜12.15.


  *油断していたら、お誕生日のお話じゃあなくなってしまいましたな。
   あれれぇ? なんでだろう。
(苦笑)
   随分と以前に、卒業間際に取る人が多いってことから、
   進さんが車の免許を取ろうとしたらという話題があったのを
   ひょこっと思い出したんですが。
   ………何もこんな時に思い出さずともでしたね、猛反省。

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